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加古川市の根本治療専門院
鍼灸治療院きさらぎ 院長の独り言

ホームページでは伝えきれない役立つ情報、大切なメッセージ、
臨床雑話
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孔雀と時間
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    その孔雀は、移ろう四季の只中を
    懸命に身を震わせて生きていた。
    その姿のなんと美しいことか。

    中国の至宝とも呼ばれている
    ヤン・リーピンさんの舞台「孔雀」でのことだ。


    公演の紹介CMでチラッと見た孔雀の翼を表現する
    腕の動きに魅せられて舞台を拝見したのだが、
    まず立ち姿が美しい。
    50過ぎとのことだが20代にも見え、
    民族舞踊出身というその身さばきは、
    バレーのような体幹の硬さも感じられない。

    表情は淡々と、
    しかし、手は孔雀の頭、腕は孔雀の長い首を表し、
    その情感を豊かに伝えたかと思えば、
    肩甲骨から伸びる長い腕は
    こんなに細やかに動かせるものかと思うほど
    波のように小刻みにうねりながら
    孔雀の翼を震わせる。

    群舞で他の孔雀役のダンサーと交じると
    一際彼女の存在感が輝きだす。
    両腕を伸ばして仙骨の上に揃えて置くのが
    孔雀の基本姿勢のようだが、
    簡単なようでなかなか難しい。

    他のダンサーたちももちろん皆一流なのだろうが、
    背中や肩・首の緊張が見て取れ、どこか窮屈で
    「孔雀を演じるダンサー」を感じてしまうのに対し、
    ヤンさんの背中はまことに自由で
    翼は翼として自然としてそこにあり、
    まさに孔雀がそこに生きているのだ。

    舞台演出もすばらしく、本当に良い作品だったと思う。
    ただ職業柄というか武術を学ぶ者の性というか、
    このような身体芸術を観る時には作品やその物語性よりも
    身体の「動き」そのものに眼が向いてしまう。

    まことに見事な舞なのだが、
    坂東玉三郎や上方舞の亡き武原はんさんのような
    胸の働きがあまり見ることができないのだ。
    背中があれだけ自由なだけに
    よりそこの動きの少なさを感じてしまう。

    ほかのダンサー達に至ってはバレーの影響を
    少なからず受けているのだろう。
    体幹は四角いままで胸の働きは観られない。
    どれだけ手足を大きく器用に繊細に動かしても、
    身体の中心部、内部の動きがないと
    それはただ忙しない動きとして映ってしまう。

    別に武術をするわけでもないし、
    物語の主題を十二分に表現できているのだからそれで充分であり、
    作品としての価値が下がることはないのだが、
    どうにもそこだけが気になってしまった。

    あれだけ動ける彼女をしても動いていない部分というものは
    意識できなければ問題とならないし、
    問題と捉えなければ意識して鍛錬することも出来ないのだ。

    このような高度な身体芸術を演じる一流の身体の鍛錬に比べれば、
    日常における座り方、立ち方、歩き方などの姿勢の改善など
    ほんの少しの心掛けひとつでいかようにも変えてゆける。


    医療指導の一環として姿勢や身体の使い方の問題点を指摘し、
    改善のヒントや運動を伝えたりすることが少なくないが、
    「難しい」と言って実践しない人はいつまでたっても実践しない。
    今出来ていないことをやろうとしているのだから、難しいのは当たり前。
    出来ないことを出来るようになるために稽古するのだから、
    「難しいからしない」という選択はありえないし、
    実践しないことの言い訳にもならない。
    それは単に「したくない」ということに過ぎない。

    下手であってもやろうと思えば実践できることを実践する積み重ねの中で
    身体は着実に変化してゆく。
    やろうと思えば実践できることもしない積み重ねの中で、
    身体も心も確実に鈍く偏ってゆく。
    どうするかは自分次第。


    さて、ヤン・リーピンさんの他に、
    否、ヤンさん以上に目を奪われた人がもうひとりいた。
    それはヤンさんの姪御さんで
    後継者とも目されているというツァイ・チーさん。

    まだ15.6歳だという少女は「時間」役として
    舞台の端に設えられた生命の象徴としての木の下の檀上で
    劇の序盤から幕間を含めて終幕まで約2時間余り、
    延々と回り続けるのだ。

    バレーのピルエットのように片足軸で回るのではなく、
    両足を裁いて回るのであるが、
    彼女の身体は同心円上の同じ円周上をほぼ狂いなく、
    軽やかに回り続けるのだ。
    しかも、四季折々の情感を切々と無言のまま歌いながら。

    中国の生番組では4時間回り続けたこともあるという彼女。
    なんという身体能力だろう。
    どんな鍛錬をしてきたのかと思えば、
    『子供のころから回るのが好き』で板の間の稽古場の
    いつも回っていた部分だけ窪んでいたそうな。

    好きこそものの上手なれというが、
    どんだけ好きやねんと笑ってつっこんでおこう。

    彼女がどんな風に舞うのか、ほかの舞も見てみたくなった。


    つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、
     心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、
     あやしうこそものぐるほしけれ。』
              徒然草 吉田兼好



    ひまやからて一日中硯に向かい続けられるやなんて、
    そらもうそれが好きや〜ちゅうことです。
    それが大事です。
    自分育て、心身育ても好きになればええんです。


    加古川の根本治療専門院 鍼灸治療院きさらぎ  http://sinq-kisaragi.net/

    | 元気の底上げ通信(ほぼ臨床から) | 19:26 | comments(0) | trackbacks(0) |









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